「嘘と正典」

過去を変えられるとしたら

内容
「魔術師」「ひとすじの光」「時の扉」
「ムジカ・ムンダーナ」「最後の不良」「ウソと正典」
短編

感想
「魔術師」
家族でありながら、一人のマジシャンに家族が翻弄されていく。
姉の同じマジシャンの父によって、タイムマシンのマジックに
魅了されていく。
私はこの世界から理道が消えたとは思えない。タイムトラベルで
消えたように見せた演出だけ。現実主義者の私にはそう思える。
だけど、タイムトラベルで過去に行って、このことがなかったら
あんなことにはならなかったとそういう少しだけ変えれるところが
あったなら今とは違う人生があるというのは理解できる。
そして私にもやり直したい過去は沢山ある。

「ひとすじの光」
競馬の所有馬の話。私は競馬、全般のことはわからないし、馬も
まったくわからない。たぶん競馬で賭ける人はこの馬は毛色が良いとか
血統が良いとか悪いとかそういうところを見ているのだろう。
でも私から見れば、その日、その時のの馬のコンディション次第じゃないのかと
思うけど、違うのだろうか。それぐらい興味はないのだけれど、
馬好きには血統を調べていくという作業も楽しいのだろう。
この短編からは根底に馬好きがあるからここまで調べられると思う。
父親はきっかけにすぎない。

「時の扉」
この話の感想をどう書こうか一番迷った。理解していないことが
一番の理由なのだが。結局わからないというのが正直な感想だ。
ヒトラーが画家だったことを初めて知った。ヒトラーのことは
独裁者とホロコーストとナチスぐらいしか知識がない。
だがこの話ではヒトラーの罪に対しての復讐だけはわかった。
SF的だが、ヒトラー自身が自分の行いについて、ヒトラーの悪事について
客観視しろということなのか。その事実を突きつけ、永遠に終わりなくすることが
復讐と呼ぶものなのかもしれない。

「ムジカ・ムンダーナ」
ルテア族は少数民族で文化的価値が存在する。その文化的特色は
音楽が貨幣であり、財産であり、学問だ。
もし、ルテア族のような文化的特色だったら間違いなく私は下層階級だろう。
音楽を聴くのは好きだが、演奏や歌うといった事柄は苦手だ。
要は音楽全般が下手くそなだけ。小学生のリコーダーの時には指使いと息継ぎが
できないので変な音は出るし、みんなの前で吹く時は緊張するし、いい思い出はない。
だから音楽や演奏がうまい人は(歌がうまい人も)うらやましい。
音楽や芸術の文化的価値が多くの人に認められたら、もっと人は気持ちが
豊かになる気がする。

「最後の不良」
”流行を気にすること、オシャレをしようとすること、自己主張をすること
ーそれ自体がダサいという風潮が広がり、人々のライフスタイルは無駄のない、
洗練されたものに均一化し、「流行そのもの」が消滅した”
均一化されるのは嫌だけど、無駄がないのは個人的に好きだ。
けれど私の家は無駄だらけでごちゃごちゃしている。無駄がなく、綺麗に
しているのが理想だが、現実は違う。こういうところにうんざりはしてくる。
だけど、流行や自己主張の恰好は無駄ではない。それは文化的歴史だったり、
経済活性化だったりする。不良の格好やバイクが文化的歴史かは判断がつきにくいが
それでもこういう人たちがいたというのは事実だ。

「嘘と正典」
もし一つの証言で共産主義が無くなったら。私は共産主義の世界で生きたことがないので
何が良くて何が良くないのかわからない。わかることは常に監視されていると
いうことだけ。常に監視されているのは嫌だなと思う。自分で考えていることが
言えないということだからだ。
過去を変えようとしたけれど、未来のことを考えれば、過去は変えられない。
だから電信機の技師の証言は変えられなかった。
今、もし過去を変えられる何かができたとしても、未来のために結局は何も変えれないのではないかと思った。

¥832 (2023/04/15 11:15時点 | Amazon調べ)
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました